インマヌエル預言が啓示された際のアハズ王は、賢君として有名なヒゼキヤ王の父親ではあるが、本人はダビデ王家歴代でも最悪級の馬鹿殿様的な存在で、ダマスコとサマリアからの脅威に対して神に立ち返ることを考えず、アッシリアを巻き込めば問題を解決できるだろうと考え、国を危うくする道を選んだ。
(注)別エントリー「試論:インマヌエルを140文字以内で」も参照のこと。
http://josephology.me/app-def/S-102/wordpress/archives/5890
(注)別エントリー「主イエス・キリストがインマヌエルである理由」も参照のこと。
http://josephology.me/app-def/S-102/wordpress/archives/1338
【追記】
ダマスコの王による侵攻の際アハズ王は、ダマスコと同じ神々を崇拝すれば敵を退却させられると考えイスラエルの神なる主への信仰を止めた。アッシリアのダマスコ占領後でさえ、アッシリア王が戦後処理のためダマスコに駐留したことを「アッシリアすらダマスコの神々に心服している」と勘違いしていた。
主イエスはマタイ23章35節で、悲劇的な死を遂げた(歴代誌下24章)義人ゼカルヤについて語られたが、その子孫の女性の一人はダビデ王家でも最悪級の馬鹿殿様だったアハズ王に嫁ぎ男子を産んだ。この男子がダビデ王家でも屈指の賢君ヒゼキヤ王である。祭司の娘との結婚は道徳的に王家を刷新した。
歴代誌下29章1節はヒゼキヤ王の母アビヤを「ゼカルヤの娘」と表現するが、この場合の「〜の娘」はルカ13章16節「アブラハムの娘」同様、「〜の子孫の女性」を意味している。主イエスも「アブラハムの子」「ダビデの子」などと呼ぼれているが、アハズとヒゼキヤはマタイ1章9節に登場している。