ユダヤ人が会堂に集まる安息日は創世記2章の通り週七日の最後の日(土曜日)だった。キリスト教では主イエスの御復活つまり「天上の体」の創造が安息日の翌朝(日曜日の朝)の出来事であることを記念し、それを祝うために、信者が集まるべき日を「週の最初の日」(使徒言行録20章7節)に移動した。
(注)別エントリー「試論:『安息日と主日との違い』を140文字以内で」も参照のこと。
http://josephology.me/app-def/S-102/wordpress/archives/12017
【追記】
二世紀初めにアンティオキアの聖イグナティウスが記したように初代の信者は、キリストの御復活すなわち「天上の体」(一コリント15章40節)の創造の記念に、週七日の中で祝うべき特別の日を土曜日(ユダヤ教の安息日)から、御復活があった「週の最初の日(安息日の翌日)」日曜日へと置き換えた。
「主の変容」の後、主イエスは「人の子が死者の中から復活するまでは今見たことを誰にも話してはならない」と命じられた。使徒たちは「天上の体」(一コリント15章40節)を目撃したのだが、まず主の御復活前後の実体験を経た上で復活の意義を理解しなければ、「天上の体」の理解もないからである。
「主の変容」とは、一コリント15章でパウロが言及する
「天上の体」(40節)
を主イエスが実際に三人の使徒へお示しになった意義深い出来事で、パウロは「天上の体」を
「朽ちないもの」(42節)
「輝かしいもの」「力強いもの」(43節)
「霊の体」(44節)
「天に属する者」(47節)
等と呼ぶ。