【問】「心の貧しい人は幸いである」の「心の貧しい人」って、具体的にどんな人?
【答】ルカ15章「放蕩息子」の喩えで、無一物になって我に返り「今の自分の惨めな有様は全て自分の自業自得だが、父親の許に帰ればなんとかなるかもしれない」という一点に希望を賭けて、故郷に出発した人のことです。
【追記】
ルカ23章40節以下で主の隣の十字架につけられた盗賊は最後に神への畏れを知り、自分の今の惨めな境遇は全て自業自得だが神には罪はなく神の御心に適う願いなら聞き入れられると確信し、自分の隣にいるのは神そのものであると信じて直接それを伝えた。彼の信仰告白に主は最大の幸福を御約束された。
(注)別エントリー「神に対する確信を140文字以内で」も参照のこと。
http://josephology.me/app-def/S-102/wordpress/archives/5613
(注)別エントリー「『王』と『永遠の命』を140文字以内で」も参照のこと。
http://josephology.me/app-def/S-102/wordpress/archives/20213