試論:「主の御言葉は人間の糧」を140文字以内で

エレミヤ5章14節は主の御言葉を「火」に喩え、これを踏まえられ主イエスはルカ12章49節で「わたしは地上に火を投ずる」と仰せになった。他方イザヤ55章10節は主の御言葉を「糧」に喩えるが、ならばマタイ6章11節「わたしたちの日ごとの糧」の「糧」も、やはり主の御言葉を暗示している。

(注)別エントリー「試論:『地上に火を投ずる』を140文字以内で」も参照のこと。
http://josephology.me/app-def/S-102/wordpress/archives/7803

【追記】

ヨハネ6章51節「わたしが与えるパンとは世を生かすための、わたしの肉のことである」同33節「神のパンは天から降(くだ)って来て世に命を与える」マルコ14章22節「これはわたしの体である」申命記8章3節「人はパンだけで生きるのではなく、主の口から出る、全ての御言葉によって生きる」。

(注)別エントリー「試論:『神の御言葉』を140文字以内で」も参照のこと。
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(注)別エントリー「試論:『神の御言葉』到来の目的を140文字以内で」も参照のこと。
http://josephology.me/app-def/S-102/wordpress/archives/10216