試論:「ボアネルゲス」を140文字以内で

主イエスはゼベダイの子らを、その気性ゆえに雷の子らと呼ばれた。若さと熱意のあまり時にルカ9章54節「天から火を降らせて〜」といった物騒な発言の他に、マルコ10章35節以下「自分たちを主の左右の座に」で周囲に非難された。しかし弟は使徒たちの中で独り十字架の主に従い兄は殉教を遂げた。

【追記】

主にゼベダイの子らの母が息子たちを左右の座にと願った時、残りの十人の使徒は立腹した。これはしかし主が御受難を予告された直後であり、この「雷の子」である兄弟は決死の覚悟を主に伝えたい一心だった。ヨハネは御受難の折も主の傍らにあり、御受難の際に主から一時離れたヤコブも最後は殉教した。

(注)別エントリー「『ヨハネの兄弟』ヤコブの殉教」も参照のこと。
http://josephology.me/app-def/S-102/wordpress/archives/17919

十二使徒も次々に帰天して恐らく最後にヨハネ一人だけとなった時までに、彼は「使徒」の自称を控え自身への権威集中を避けたと推測され、後進が育って「監督(司教)」と「長老(司祭)」の時代に完全移行するよう促進するためか、彼は「監督」にさえならずに、単なる一人の「長老」として、帰天した。

(注)別エントリー「試論:『長老のヨハネ』を140文字以内で」も参照のこと。
http://josephology.me/app-def/S-102/wordpress/archives/21459