【問】主イエスが「世にいる間、わたしは世の光である」と称された理由は?
【答】「光」とはイザヤ58章6節以下にある通り、善意・温情・心配り・憐れみの業などの喩えで、人々の心と表情とを明るくさせ、また人々の心を温めます。「光」がなくなれば、人々の心と表情は暗くなり、心は冷え込みます。
(注)別エントリー「『まことの光』」も参照のこと。
http://josephology.me/app-def/S-102/wordpress/archives/23274
【追記】
【問】福音書には主イエスが笑ったという記述がない、という議論があるそうです。
【答】イザヤ58章10節は隣人への温情を「光」に喩えます。理由は相手の心や顔を明るくするからです。主はヨハネ8章で「わたしは世の光」と宣言されましたが、これはいつも仏頂面の人が口にする言葉ではありません。