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試論:目の見えない人が道案内?を140文字以内で

【問】「目の見えない人が目の見えない人を道案内」? 何の比喩?
【答】「目の見えない人」とは光を認識できなくなった人の比喩です。《光》はイザヤ58章6節以下では人間の善意の比喩で、ヨハネ8章12節では主イエス御自身を指します。「穴」は、詩編55編24(23)節の通り滅びの象徴です。

【追記】

【問】ではなぜ、彼らは《光》つまり相手の善意や主イエスのことも認識(理解)できなくなってしまったのですか?
【答】彼ら自身の中にあって彼ら自身の心が生み出した悪意のためです。主はマタイ15章18節以下(マルコ7章20節以下)で、このことを簡潔ながら極めて具体的に説明しておられます。

【問】マタイ15章14節「目の見えない人が目の見えない人を道案内すれば、二人とも穴に落ちる」の意味とは?
【答】「自分自身が生み出した悪意のせいで相手の善意も、わたしイエスが何者であるかも、全く分からなくなっている者たちが、互いに教え合っていても、永遠の命へは決して到達できない」。

【問】《キリストの律法》(マタイ7章12節)はなぜ重要?
【答】主イエス御自身が隣人愛という事柄を簡潔に、しかも具体的に定義されたからで、これが、キリストの弟子の規範であると同時に「最後の審判」において「永遠の命」「永遠の罰」のどちらに行くのか、一人一人の行方を、大きく左右します。

(注)別エントリー「試論:『愛』と『愛の反対』を140文字以内で」も参照のこと。
http://josephology.me/app-def/S-102/wordpress/archives/12199

A.他人からしてもらいたいことを他人に行う(マタイ7章12節)。

B.他人からしてもらいたいことを他人に行わない。

C.他人からしてもらいたくないことを他人に行う。

D.他人からしてもらいたくないことを他人に行わない(トビト4章15節)。

(注)別エントリー「試論:マタイ7章12節の重要性を140文字以内で」も参照のこと。
http://josephology.me/app-def/S-102/wordpress/archives/27460