【問】主イエスがマルコ2章で「いやし」を行われる場面で、いきなり「罪の赦し」が話題に出て来るのは、どうしてですか?
【答】イザヤ6章10節に「悔い改めていやされる」(新共同訳)という表現が登場するように、古代のイスラエル人は、「いやし」と「罪の赦し」の両者を同一視していたからです。
【追記】
ルカ8章48節で主は御自分の服に触れ癒しを得た女性に「あなたの信仰があなたを救った。安心して行きなさい」と仰せになった。7章50節でも主は罪の女性に赦しを与えた際に、同じ言葉をかけられた。イザヤ6章10節(マタイ13章15節、ヨハネ12章40節)でも主の赦しは癒しと同一視される。