試論:「トマスと南インド」を140文字以内で

エルサレム神殿は聖別の油の原料シナモン(肉桂。出エジプト30章23節)が必需品で南インドかセイロンでしか入手できず、南インドにはユダヤ商人たちが駐在していた。彼らにトマスは宣教していたが、紀元七〇年の滅亡で貿易は成立しなくなり主イエスの神殿滅亡の予告を説いていた彼は逆恨みされた。

(注)別エントリー「あなた方は神と富に仕えることはできない」も参照のこと。
http://josephology.me/app-def/S-102/wordpress/archives/1699

【追記】

黙示録18章はエルサレム神殿滅亡を知った商人たちの嘆きを記すが商品の中には「肉桂」も登場する。伝承ではトマスの殉教はエルサレム神殿滅亡からしばらく後のことだった。神殿滅亡で商売が成り立たなくなった南インド駐在のユダヤ商人や取引相手の現地人は、尋常でない損失を抱えていたはずである。

(注)別エントリー「試論:『大淫婦』の正体を140文字以内で」も参照のこと。
http://josephology.me/app-def/S-102/wordpress/archives/15895

(注)別エントリー「エルサレムがバビロンと呼ばれた理由」も参照のこと。
http://josephology.me/app-def/S-102/wordpress/archives/1962

古代のイスラエルでは「神」と「神の民」との関係がしばしば「花婿」と「花嫁」と表現された。しばしば「女王」にもたとえられる都が「花婿」キリストを歓呼と共に迎え入れながら、数日後に裏切り、夜中に急襲して捕らえ一日のうちに死に至らしめたその行状から、「大淫婦」と呼ばれるのは当然である。

黙示録18章7節「わたしはやもめではなく女王であり、決して悲しい目に遭わない」ルカ19章41節以下「イエスは都のために泣いて仰せになった、『もし今、お前が平和への道をわきまえていたならば。しかし今のお前は、それを理解していない。時が来て、敵がお前を包囲して四方から攻め寄せ〜』」。