試論:「敵を愛する」聖書の実例を140文字以内で

【問】主イエスはマタイ5章44節で、敵を「愛する」つまり尊重して敬意を表すことを要請されました。そうした人の実例は聖書にありますか?
【答】サムエル上24章でサウル王はダビデに嫉妬して命を狙いましたが、ダビデはサウルのことを尊重し、サウルもダビデの「義」を認め一度は兵を退きました。

(注)別エントリー「『敵を愛する』???」も参照のこと。
http://josephology.me/app-def/S-102/wordpress/archives/17505

【追記】

【問】山上の説教の「義に飢え渇く人は幸い」の「義」とは何?
【答】サムエル上24章18節「お前はわたしよりも義の人だ。わたしはお前に悪意を示したのにお前はわたしに善意を示してくれた」からも分かる通り、古代のヘブライ人の「〔神の〕義」とは現代の日本語でいえば《善意》を意味しています。

主イエスは敵を愛するよう命じられたが既にそれはモーセの律法に存在した。出エジプト23章4節〜5節「あなたの敵の牛やろばがさまよっているのを見たなら、その家畜を敵のところへ帰してやりなさい。あなたを憎む者のろばが重荷の下敷きになっているのを見たなら、その者と共にろばを助けなさい」。

(注)別エントリー「試論:『愛』と『愛の反対』を140文字以内で」も参照のこと。
http://josephology.me/app-def/S-102/wordpress/archives/12199

主はマタイ5章44節で「敵を愛する」ように教えられたが、のちに具体例としてルカ10章30節以下で「善きサマリア人のたとえ」をお話しになった。このたとえは、当時ユダヤ人とサマリア人とが実際には、交流すら避けるほど不仲の間柄であった(ヨハネ4章9節等参照)という状況を前提にしている。

(注)別エントリー「善きサマリア人:律法の専門家が質問した動機とは」も参照のこと。
http://josephology.me/app-def/S-102/wordpress/archives/4544