【問】なぜ人間社会は色々な意味で進歩を遂げているのに、殺伐とした事件は後を絶たないの?
【答】現代世界の技術の進歩は、かつてないほどの膨大な情報を人間にもたらしましたが、人々は自分自身にとって都合の良い事象だけに取り組むことに専念し、分別を身に付ける心構えと必要性を忘れたからです。
(注)別エントリー「試論:『愛』と『愛の反対』を140文字以内で」も参照のこと。
http://josephology.me/app-def/S-102/wordpress/archives/12199
【問】なぜ、「キリストの律法」(マタイ7章12節)を世に広く伝える必要がありますか?
【答】人間は自分自身の尊厳が傷付けられたと思い込んだ時、ならば今度は自分が相手の尊厳を傷付けても問題ないはずだという恐ろしい考えが心に生じて来ます。それを予防するためにキリストの律法は不可欠です。
(注)別エントリー「《キリストの律法》(マタイ7章12節)」も参照のこと。
http://josephology.me/app-def/S-102/wordpress/archives/18013
A.他人からしてもらいたいことを他人に行う(マタイ7章12節)。
B.他人からしてもらいたいことを他人に行わない。
C.他人からしてもらいたくないことを他人に行う。
D.他人からしてもらいたくないことを他人に行わない(トビト4章15節)。
「愛」はAとDであり「愛の反対」はBとCである。
主イエスはマタイ7章12節で「あなたたちは、自分が他の人からしてほしいことを、自分から他の人にしなさい」と《愛の掟》を教えられた。従って「愛の反対」は「他の人からしてほしくないことをあえて他の人に行うこと」そして「他の人からしてほしいことをあえて他の人には行わないこと」からなる。