【問】「ユダはイエスを裏切ったといわれるが福音書のギリシア語本文は『引き渡した』であり、『裏切った』ではない」という議論があるようです。
【答】古代ギリシア語訳のサムエル上30章15節では同じギリシア語が、「主人に引き渡すことでわたしを裏切る」という文脈において、用いられています。
【追記】
【問】上記の他にも、「信頼していた人によって自分を破滅に導く者に引き渡される」の例はありますか?
【答】同じサムエル上の23章11節にはダビデが、自分のいる町の有力者たちが自分をサウルに「引き渡す」のではないかと、危機を察知する場面があります。古代ギリシア語訳ではやはり同じ語です。
【問】「味方と思っていた人が自分を敵に引き渡す」イコール「裏切る」ということ?
【答】もちろん全ての場合において「引き渡す」が「裏切る」を意味するわけではありませんが、信頼していた人によって敵に引き渡され、結果、破滅が訪れるのが明白な場合、「引き渡す」は「裏切る」ことを意味します。
【問】上の二か所ともサムエル上のダビデ関連の話ですが、他の箇所にも同じような例がありますか?
【答】歴代誌上12章18節の「もしわたしを欺いて、敵に引き渡すつもりなら」は、「信頼していた人によって敵に引き渡され、結果、破滅が訪れる」にまさしく該当する状況であるということができます。