試論:ヨハネ福音書「真理」を140文字以内で

古代よりヨハネ福音書には「信仰」を意味するギリシア語が登場しないことが知られていた。その替わりヨハネ福音書は「真理」を意味するギリシア語アレテイアを多用する。主イエスはピラトの問いに対し御自分のことを王だとも神だともお答えにならず、ただ「真理」すなわち信頼すべき者だと宣言された。

(注)別エントリー「試論:『まこと(=真理)の神』を140文字以内で」も参照のこと。
http://josephology.me/app-def/S-102/wordpress/archives/8706

(注)別エントリー「試論:『道・真理・命』を140文字以内で」も参照のこと。
http://josephology.me/app-def/S-102/wordpress/archives/11332

【追記】

主イエスは「わたしは真理」と自称されたが、ギリシア語本文で「真理」に当たる語はアレテイアである。古代のギリシア語訳旧約聖書でもアレテイアは数多く登場するが、日本語訳旧約聖書ではそれに当たる表現は、「まこと」である場合が多い。詩編40編12(11)節「慈しみとまことによって」等々。

エレミヤ10章10節は「主は真理の神」と記すがこの章では、自分では言葉を話せない偶像の神々と違い、イスラエルの神である主は御自ら、御言葉を発せられて真正な御教えを御自分の民にお話しになられる(申命記5章22節以下)という事柄を要約する表現として、「真理〔の神〕」が用いられている。

(注)別エントリー「試論:真理は何から自由にする?を140文字以内で」も参照のこと。
http://josephology.me/app-def/S-102/wordpress/archives/8886