試論:何も持たず世を去るとは?を140文字以内で

【問】一テモテ6章7節が「世を去る時は何も持って行くことができない」と記す理由は?
【答】わたしたちは世を去る時、それまで築いた財産ばかりか地位や名誉や名声や自分のプライドさえ持って行くことはできず、死後に主イエスから問われるのは隣人に優しかったか辛く当たったかそれだけだからです。

【追記】

【問】詩編15編は、主の幕屋に共に住むことを望む人々に対して、どんなことをしてはいけないと教えていますか?
【答】「相手が困ったり怒ったりすることを、あえて口にしたり行なったりして面白がること」を禁じています。主イエスも福音書で、幼い子供の無垢を傷つけてはならないと教えられました。

(注)別エントリー「《キリストの律法》(マタイ7章12節)」も参照のこと。
http://josephology.me/app-def/S-102/wordpress/archives/18013

A.他人からしてもらいたいことを他人に行う(マタイ7章12節)。

B.他人からしてもらいたいことを他人に行わない。

C.他人からしてもらいたくないことを他人に行う。

D.他人からしてもらいたくないことを他人に行わない(トビト4章15節)。

「愛」はAとDであり「愛の反対」はBとCである。

(注)別エントリー「試論:『愛』と『愛の反対』を140文字以内で」も参照のこと。
http://josephology.me/app-def/S-102/wordpress/archives/12199