【問】神なる主が語りかけられたのでアブラムは旅立ったのですか?
【答】創世記はバベルの塔建設の終わりを記しますが人々が悔い改めたとは記さず、力こそが正義という思想はバビロンやアッシリアに残りました。アブラムは以前から故郷に蔓延するそんな風潮に違和感を抱いていたのではないでしょうか。
【追記】
古代ユダヤの歴史家ヨセフスは、バベルの塔建設にアスファルトが用いられた理由について、ノアの時代のような大洪水が来ても押し流されないよう強化するためだったと記し、ニムロド(創世記10章8節)及び彼の王国の国民が、神に対する挑戦的な意図をもってバベルの塔を建設していたことを説明する。
(注)別エントリー「エルサレムがバビロンと呼ばれた理由」も参照のこと。
http://josephology.me/app-def/S-102/wordpress/archives/1962