【問】主イエスは、自分を真似て湖上を歩こうとし結局沈みかけたペトロを「信仰の薄い者」と、お叱りになりました。信仰が厚ければ湖上を歩けるの?
【答】主が弟子に真似を望まれるのは、へりくだって隣人に仕える姿勢で、キリストの行動なら何でもかんでも真似るのが弟子という発想は、少し軽薄です。
【追記】
一ペトロ5章3節は神の民を司牧する者の心得として、人々に権威を振り回すのではなく、人々の模範となることを勧める。ヨハネ13章15節「わたしがあなたたちにした通りに、あなたたちもするようにと、模範を示した」マタイ20章28節「人の子は、仕えられるためではなく、仕えるために、来た」。
(注)別エントリー「試論:『人の子』を140文字以内で」も参照のこと。
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(注)別エントリー「試論:『イエスは全人類の模範』を140文字以内で」も参照のこと。
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(注)別エントリー「試論:『わたしは道』の意味を140文字以内で」も参照のこと。
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ヨハネ1章14節は神の御独り子が恵みと真理に満ちて人間となられたことを記すが、ヤコブ4章6節と一ペトロ5章5節はともに「神は高慢な者を敵とし、へりくだる者に恵みをお与えになる」と強調し、ルカ1章は「わたしは主のはしため」とへりくだった女性こそが御独り子の母となったことを特筆する。
(注)別エントリー「試論:『道・真理・命』を140文字以内で」も参照のこと。
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(注)別エントリー「試論:『まこと(=真理)の神』を140文字以内で」も参照のこと。
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(注)別エントリー「試論:へりくだりと恵みを140文字以内で」も参照のこと。
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