【問】マタイ10章21節「兄弟は兄弟を、父は子を死に追いやり、子は親に反抗して殺す」?? 何のこと???
【答】同24章10節、12節「多くの人々が道を踏み外して不法がはびこり、互いに憎み合い、裏切り、愛が冷える」同様、紀元七〇年のエルサレム滅亡前に人々の心が荒廃していく有様です。
【追記】
主はマタイ24章10節と12節で、人心の荒廃が神殿の滅亡に先立つことを予告された。一方で一世紀ユダヤの歴史家ヨセフスは、紀元七〇年のエルサレム滅亡以前に暗殺や強盗殺人がユダヤの各地で頻発し、加害者が相手をローマの手先呼ばわりして自分たちの悪事を正当化していた事実を著作に記述した。
(注)別エントリー「『荒廃をもたらす憎むべきもの』とは何か【再投稿】」も参照のこと。
http://josephology.me/app-def/S-102/wordpress/archives/24206
(注)別エントリー「試論:ガリラヤのユダを140文字以内で」も参照のこと。
http://josephology.me/app-def/S-102/wordpress/archives/9363
主はルカ17章で「一人は連れて行かれ、他の一人は残される」と繰り返され、21章24節では連行の状況を御説明された。ユダヤの歴史家ヨセフスは、紀元七〇年の滅亡の際にローマ市民権を持たぬユダヤ人投降者は妻子ごと奴隷とされ売り飛ばされたがローマ市民のユダヤ人は放免されたことを記述した。
(注)別エントリー「試論:連れて行かれるのはどこ?を140文字以内で」も参照のこと。
http://josephology.me/app-def/S-102/wordpress/archives/6151
(注)別エントリー「試論:『一人は連れて行かれ〜』を140文字以内で」も参照のこと。
http://josephology.me/app-def/S-102/wordpress/archives/5819
マルコ15章は暴動の際に殺人を行ったバラバの名を記すが、使徒言行録5章もテウダやガリラヤのユダの名前を挙げて暴動や反乱の存在を記し、当時のユダヤ世界における社会不安を示唆した。主も御受難前にオリーブ山で弟子たちに、第二神殿滅亡までの間に起こる諸事態と特に人心の荒廃とを予告された。
新約聖書にはイエスに従う人々とは全く別に、暴動や反乱で社会を動かそうとする人々の姿が登場する。バラバ(マルコ15章7節)、テウダ(使徒言行録5章36節)、ガリラヤのユダ(同37節)、「あのエジプト人」(同21章38節)などがそれで、最終的にローマへの大反乱を起こしユダヤは滅んだ。