試論:「迷信としての終末預言」を140文字以内で

主イエスは旧約聖書の預言に関して、第一義的に御自分及び御自分の到来前後の歴史的諸事件への言及であり(ルカ24章27節、同44節、ヨハネ5章39節)、エルサレム滅亡(紀元七〇年)で預言は全て成就すると教えられた(ルカ21章22節)。旧約聖書は現代のどこの国の軍事行動も正当化しない。

(注)別エントリー「試論:旧約聖書の預言を140文字以内で」も参照のこと。
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(注)別エントリー「旧約聖書と『偽教師』」も参照のこと。
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【追記】

【問】主イエスはマタイ11章13節で〔旧約〕聖書の預言はヨハネの時までと仰せですが、ルカ24章とヨハネ5章39節では〔旧約〕聖書は御自分について証ししていると仰せです。
【答】「ヨハネの時」には洗礼者自身が預言した内容、つまり救い主の到来と差し迫った神の怒りまでが、含まれています。

(注)別エントリー「試論:ヨハネ5章39節を140文字以内で」も参照のこと。
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(注)別エントリー「試論:預言解釈の基本を140文字以内で」も参照のこと。
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(注)別エントリー「試論:『滅びを避けるには』を140文字以内で」も参照のこと。
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【問】洗礼者が預言した「差し迫った神の怒り」(マタイ3章8節)とは何ですか?
【答】主イエスも数年後にルカ21章20節で予告されたエルサレム及びユダヤの滅亡のことで、この予告は洗礼者の預言の四十数年後、紀元七〇年に成就しました。この滅亡は、ダニエル9章の預言でも啓示されていました。

(注)別エントリー「戦争と飢餓:ある意味で実戦よりも残酷な」も参照のこと。
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(注)別エントリー「ダニエル9章の『七十週』預言」【再投稿】も参照のこと。
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(注)別エントリー「エルサレムがバビロンと呼ばれた理由」も参照のこと。
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