【問】国を滅ぼされバビロンに連行された旧約の民がペルシアにより解放された後、エルサレムに帰還した目的は?
【答】あくまでも神殿再建が目的(歴代誌下36章23節、エズラ1章)で、独立国家建設目的ではありませんでした。ダビデの末裔ゼルバベルは「総督」つまりペルシアの行政官の一員でした。
【追記】
ペルシア王によるバビロン捕囚からの解放後、神殿再建を目的にユダヤ人たちはエルサレムに帰還したが、ダビデ王の末裔としてゼルバベルが総督に任命されたとはいえ、総督はかつての「王」に相当する立場ではなく、彼はあくまでペルシア王国の官僚の一人に過ぎず、大祭司がユダヤ民族の代表者となった。
捕囚からの帰還後ハガイとゼカリヤは総督ゼルバベルと大祭司ヨシュアへの祝福を預言し、ハガイは特にゼルバベルの「選び」を最後に語るが、ゼカリヤ6章11節では「戴冠」するのはヨシュア一人となる。中世以降のユダヤ教の立場ではゼルバベルの「役割」は不明瞭だがキリスト教の立場では明白である。
サムエル下7章16節を根拠にダビデの子孫から救い主が現れると考えられていた。途中エコンヤ(マタイ1章11節。エレミヤ22章24節の「コンヤ」)の時代にエレミヤの預言で、ダビデへの預言の約束は無効にされたと思われたが、ハガイ2章の預言はゼルバベル(マタイ1章12節)を再び指名した。
ハガイ書の最後がゼルバベルの特別な「選び」を預言したにもかかわらず、かつての「王」としての立場までは復帰できぬままゼルバベル本人は歴史の表舞台から姿を消し、彼の子孫からもこれと言った著名人が出せぬままに約五百年が過ぎた。しかし長年その到来が待たれていた救い主はそこから登場された。
(注)別エントリー「聖書にはクリスマスの日付が載っていますか???」も参照のこと。
http://josephology.me/app-def/S-102/wordpress/archives/13267