試論:キリストは誰と共に???を140文字以内で

二コリント10章7節は「もしもあなたたちの中に『この自分こそキリストに属している』という自負が強過ぎる者がいるなら、その者と同様にわたしたちもまたキリストに属していることをよく思い返すように」と記し、自分一人だけがキリストから特別扱いをされているかの如く仄めかす者に再考を促した。

【追記】

ヨハネもパウロも伝統的なヘブライの世界観に従い人間に属する事柄を「肉」、神に属する事柄を「霊」と呼んだ。一コリント14章37節でパウロは、「自分には神の霊(聖霊)が働いている」と周囲に軽々しく吹聴する人々を、「自分を「霊の人』と思っている者」と呼んで、彼らへ厳しい自省を要請した。

(注)別エントリー「試論:一コリンと『霊の人』を140文字以内で」も参照のこと。
http://josephology.me/app-def/S-102/wordpress/archives/24336

詩編1編1節は神と共にいるための必要三条件を記す。一つ目は神に逆らう人に同調しないこと、二つ目は罪や悪に走らないこと、三つ目は高慢心を捨てることである。高慢で周囲の人々を粗略に扱う人は、いつか必ず神をも粗略に扱う。神の御独り子の母となった女性が高慢心とは無縁であるのは当然である。