【問】使徒言行録19章でパウロの糾弾者たちは、なぜ野外劇場(29節)に押し寄せたの?
【答】そここそテント業務(同18章3節)に従事したパウロの仕事場だったからで、古代の野外劇場では遮光(観客側を薄暗くして、中央の舞台だけに自然光を当てる)目的で、大規模に天幕が使用されていました。
【追記】
【問】パウロの職業「テント作り」(使徒言行録18章3節)の実際の仕事は、「野外劇場」(同19章29節)の舞台装置設営ですか?
【答】現代でも例えばサーカス団の公演の際、公演内容に見合った適当な会場が存在しない時は、屋外の広大な敷地に自前の巨大なテントで会場を設営したりもしています。
古代のローマ人はギリシア演劇を愛し、帝国の主要都市には競技場や公衆浴場とともに、ギリシア演劇を上演する野外劇場を必ず建設した。パウロの職業スケノポヨース(「テント造り」:劇場の舞台装置職人)は、都市から都市への移動を繰り返す宣教生活をパウロが続けて行く上で、極めて好都合であった。
パウロの職業は、使徒言行録18章3節では「テント造り」と訳され、原文のギリシア語「スケノポヨース」の直訳はその通りだが、このギリシア語はパウロの時代には「劇場の舞台装置職人」をも意味した。使徒言行録19章29節でパウロの糾弾を目論んだ人々が劇場に押し掛けた理由は、そのためだった。
古代ローマ時代において、「テントを造る」というギリシア語が、野外劇場の舞台装置の設営をも意味していたことは、二世紀のユリウス・ポルクスの著作『オノマスティコン』に記されている。テント(幕屋、天幕)の「幕」が、古代より「劇場」とはさまざまな形で深い関係にあることは、いうまでもない。