【問】コロサイ3章の「あなたたちは死んだ」(3節)や「あなたたちはキリストと共に復活させられた」(1節)って一体どういうこと?
【答】ローマ6章11節の洗礼の意義「あなたたちは『自分は罪に対しては死んでいてキリスト・イエスに結ばれて神に対しては生きている』と考えなさい」のことです。
【追記】
ヨハネ8章34節「罪を犯す者は、罪の奴隷」12章31節「今、この世の支配者が追放される」ヘブライ2章14節〜15節「御自分に委ねられた者たちが人間である以上イエスも同じく人間としての全てを担われたが、死を司る悪魔を御自分の死によって滅ぼし悪魔の罪と死の支配から人々を解放された」。
(注)別エントリー「試論:『第二の死』を140文字以内で」も参照のこと。
http://josephology.me/app-def/S-102/wordpress/archives/5334
ローマ6章15節「わたしたちは律法の下ではなく恩寵の下にあるのだから、罪を犯してもよいということになるのでしょうか? 決してそういうことにはなりません」同16節「あなたたちは、罪に仕えて罪の奴隷となって死に至るか、神に従順であって神の奴隷として〔神の〕義に至るか、どちらかです」。
主はヨハネ14章6節で「わたしは命である」と仰せになり、これは生きていく上で最も重要かつ不可欠な事柄を「命」と呼ぶヘブライ人の観念(レビ17章14節「全ての生物の命は、その血」)に基づいてはいるが、同様の観念は現代の日本人の中にも当然ある(例:「ピアニストにとってピアノは命」)。
(注)別エントリー「試論:『道・真理・命』を140文字以内で」も参照のこと。
http://josephology.me/app-def/S-102/wordpress/archives/11332
(注)別エントリー「試論:『わたしは命である』を140文字以内で」も参照のこと。
http://josephology.me/app-def/S-102/wordpress/archives/11586
(注)別エントリー「予備的考察:『千年王国』か永遠の生命か」も参照のこと。
http://josephology.me/app-def/S-102/wordpress/archives/3297