御復活の主はルカ24章47節で「罪の赦しをもたらす悔い改めがあらゆる国で宣べ伝えられる」と仰せになったが、3章3節では洗礼者が罪の赦しを得させるために悔い改めの洗礼を宣べ伝えたと記し、のみならず同8節では悔い改めにふさわしい実を結べと命じており、10節以下は具体的な指示をも記す。
(注)別エントリー「試論:『新たに生まれなければ』を140文字以内で」も参照のこと。
http://josephology.me/app-def/S-102/wordpress/archives/9816
【追記】
エフェソ4章の後半以降(17節以下)では、洗礼を受けた人が取るべき(また避けるべき)態度を教える。悪態をつき、無慈悲で、平然と悪口を言い、思う通りにならないと大声で喚き、怒鳴り散らし、相手が幼子や女性だと小馬鹿にして勝ち誇る人がいたとして、誰が彼のことを信者だなどと思うだろうか?