マタイ7章12節「他の人からしてもらいたいことならなんでも、あなたから他の人にしなさい。これこそ律法であり預言者〔の教え〕」のことで、キリストの御教えの根幹及び隣人愛の定義でもあり、マタイ25章の「最後の審判」においても「永遠の命」(天国の福楽)に到達するか否かの判断基準となる。
(注)別エントリー「試論:『愛』と『愛の反対』を140文字以内で」も参照のこと。
http://josephology.me/app-def/S-102/wordpress/archives/12199
【追記】
【問】マタイ7章7節「探しなさい。そうすれば、見つかる」何が?
【答】天の国に入るためには「狭い門」(同13節)つまり「神の義」(同6章33節)の「門」(詩編118編19節)を通らねばならず、その通行証となるものはキリストの律法(マタイ7章12節)の実践以外にないということがです。
(注)別エントリー「試論:『探せば見つかる』何が?を140文字以内で」も参照のこと。
http://josephology.me/app-def/S-102/wordpress/archives/23354