イザヤ11章では聖霊の賜物として知恵・識別・思慮を挙げ、またガラテヤ5章23節では節制を挙げる。従って例えば詐欺に引っ掛かったり、貴重品を紛失したり、交通事故を起こしたり警察に違反を指摘されたり、多くの飲食物への執着を断ち切れないならば、常識的に判断して聖霊の介在は否定的である。
(注)別エントリー「一コリント14章:聖霊か、そうではないのか」も参照のこと。
http://josephology.me/app-def/S-102/wordpress/archives/23650
(注)別エントリー「聖霊の働きか否かを確実に識別できる基準」も参照のこと。
http://josephology.me/app-def/S-102/wordpress/archives/4564