試論:「罪を自覚していたユダ」を140文字以内で

【問】イスカリオテのユダは主を敵に引き渡しましたが、彼に罪の自覚はありましたか?
【答】マタイ27章3節〜4節「ユダはイエスの死刑判決を知り『わたしは罪のない人の血を売り渡し罪を犯した』と言った」申命記27章25節「賄賂を取って人を撃ち殺し、罪のない人の血を流させる者は呪われる」。

【追記】

主イエスはマタイ10章で十二人をお選びになり、「汚れた霊を追い出し、あらゆる病気や患いを癒す権能」を授けられた。マルコ3章14節は「十二人」選抜の目的を御自分の傍に置くためと記す。その一人は泥棒(ヨハネ12章6節)となり、銀貨三十枚(マタイ26章15節)で、自分の師を売り渡した。

(注)別エントリー「試論:『預言や奇跡よりも』を140文字以内で」も参照のこと。
http://josephology.me/app-def/S-102/wordpress/archives/16157

(注)別エントリー「試論:『無償で与えなさい』を140文字以内で」も参照のこと。
http://josephology.me/app-def/S-102/wordpress/archives/16019

主イエスはマタイ7章22節以下で、預言や奇跡や悪霊を追い出すことよりも、悪を行わないことこそが重要で御自分の弟子である証明だと教えられた。イスカリオテのユダは悪霊を追い出す権能と病気を癒す力を使徒の一人として与えられたが(ルカ9章)、献金を泥棒していたためサタンが彼の中に入った。

(注)別エントリー「試論:『献金泥棒』を140文字以内で」も参照のこと。
http://josephology.me/app-def/S-102/wordpress/archives/11983

【問】なぜ母マリアは崇敬されるべきですか?
【答】神の御独り子が救い主として人間の世に来られることを預言者たちは語っていましたが同時に、救い主が生贄の小羊のように屠殺されるとも語っていました。しかしマリアは生まれて来る子の苛酷な定めを完全に理解した上で、母となることを承諾しました。