試論:「身代わりの羊」を140文字以内で

主の御受難を預言したイザヤ53章7節では、出エジプトの代価となった「小羊」(出エジプト記12章3節等)を想起させる一方で、「屠(ほふ)り場に引かれる」と表現してイサクの犠牲の身代わりとなった羊(創世記22章13節)をも想起させ、主の御受難が人々の身代わりであることを再認識させる。

(注)別エントリー「試論:贖(あがな)いを140文字以内で」も参照のこと。
http://josephology.me/app-def/S-102/wordpress/archives/7823

(注)別エントリー「試論:『メシア到来の目的』を140文字以内で」も参照のこと。
http://josephology.me/app-def/S-102/wordpress/archives/7479

【追記】

主はヨハネ14章27節で「わたしは平和をあなたがたに残し、わたしの平和をあなたがたに与える。わたしはこれを、世が与えるように与えるのではない」と仰せになった。ではどうやって主は御自分の平和をお与えになったのか、パウロがコロサイ1章20節で「その十字架の血によって」と答えを記した。