【問】マタイ7章12節「他の人からしてもらいたいことを全てあなたから他の人にしなさい」。なぜ、この教えが《キリストの律法》と呼ばれますか?
【答】この教えにイエス・キリストの御旨と新旧約聖書の全ての教えの本質が凝縮されているからで、この教えへの忠実こそが人間を永遠の命へと導きます。
(注)別エントリー「《キリストの律法》(マタイ7章12節)」も参照のこと。
http://josephology.me/app-def/S-102/wordpress/archives/18013
【追記】
【問】「キリストの律法」とは何ですか?
【答】マタイ7章12節「あなたが他の人からしてもらいたいことならなんでも、あなたから他の人にしなさい。これこそ律法〔であり預言者の教え〕」のことで御教えの基礎となる事柄であり、これが欠乏すると、人々は互いに隣人を侮り始め、世情は殺伐とします。
(注)別エントリー「試論:『キリストの律法』愛の掟を140文字以内で」も参照のこと。
http://josephology.me/app-def/S-102/wordpress/archives/11291
(注)別エントリー「試論:『キリストの律法』って?を140文字以内で」も参照のこと。
http://josephology.me/app-def/S-102/wordpress/archives/11541
A.他人からしてもらいたいことを他人に行う(マタイ7章12節)。
B.他人からしてもらいたいことを他人に行わない。
C.他人からしてもらいたくないことを他人に行う。
D.他人からしてもらいたくないことを他人に行わない(トビト4章15節)。
「愛」はAとDであり「愛の反対」はBとCである。
(注)別エントリー「悪意の放棄なしに永遠の命を得る道はない」も参照のこと。
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(注)別エントリー「隣人愛の反対は理由なき悪意そして憎しみ」も参照のこと。
http://josephology.me/app-def/S-102/wordpress/archives/1982