【問】マタイ13章43節「正しい人々はその父の国で太陽のように輝く」の「正しい人々」とは一体どういう人々?
【答】イザヤ58章6節から10節にはどのような人々に神からの「光」が伴って輝くのか条件がいくつか列挙されています。マタイ5章16節「あなたたちの光を人々の前に輝かせなさい」。
【問】マタイ13章17節は多くの正しい人が主イエスのたとえ話を聞きたかったが聞けなかったと記します。例えば誰?
【答】同1章19節は主の養父ヨセフを、またルカ1章6節は洗礼者の両親ザカリアとエリサベトを正しい人と呼びます。この三人は、主イエスの宣教の日々を見なかったのに信じました。
主イエスの養父ヨセフはマタイ1章19節で「正しい人」と呼ばれるが、25章の「最後の審判」において「正しい人」は永遠の命が確約された人である。母マリアはルカ1章42節で「女の中で祝福された方」と呼ばれるが、マタイ25章34節では「祝福された人」は同じく永遠の命が確約された人である。
【問】マリアとヨセフに関する記述は乏しくないですか?
【答】マリアは「恵まれた方」(ルカ1章28節)「祝福された方」(同章42節)などと呼ばれヨセフは「正しい人(義人)」(マタイ1章19節)と呼ばれます。「恵み」「祝福」「義」への理解を深めれば、二人に対する理解も、より深まります。
ヨハネ2章5節は、まさに御子イエスの「時」が近づき自分の許からいよいよ世に御子を送り出すに当たっての、この世の人々に対する、母マリアの強い願いと最後の伝言を記す。「この人が何か言いつけたら、そのとおりにしてください」。これを最後に新約聖書には、母が発した言葉は記録されてはいない。
主イエスはヨハネ15章4節で「わたしにつながっていなさい」と仰せになり、5節で「わたしにつながっていなければ、あなたたちは、何の実を結ぶことも、できない」と続けられた。ヨハネ2章5節で聖母は、「この人の言いつけには万事、従ってください」と、世の人々に御子の御言葉に従うよう伝えた。
【問】カトリックでは創世記3章15節および黙示録12章の「女」をマリアと解釈し、サタンと決定的に対立する存在だと教えますが、その対立点はどこですか?
【答】マリアは人々へ神の言葉には全て従うよう勧めますが(ヨハネ2章5節)、サタンはエバへ神に従わぬ(創世記3章4節)よう唆しました。
【問】イザヤ58章6節以下では、困窮している人々に対する心配り・善意・温情・憐れみの心が「光」に喩えられていますが、なぜ?
【答】それらが相手の表情と心とを明るくさせ、また、それらが相手の心を、光が熱を与えるように温かくさせるからです。マタイ5章16節「あなたの光を輝かせなさい」。
【問】主イエスは「わたしは世の光」「あなたたちは世の光」などと仰せになりました。なぜ?
【答】「光」はイザヤ58章6節以下にある通り善意・温情・心配り・憐れみの業等の喩えで、人の心と表情を明るくさせ人々の心を温めます。「光」がなくなれば、人々の心と表情は暗くなり、心は冷え込みます。
【問】福音書には主イエスが「笑った」という記述がない、という議論があるそうです。
【答】イザヤ58章10節は隣人への温情を「光」に喩えます。理由は相手の心や顔を明るくするからです。主はヨハネ8章で「わたしは世の光」と宣言されましたが、これはいつも仏頂面の人が語る言葉ではありません。