試論:ダビデと「心の貧しい人」を140文字以内で

ダビデの詩編では神からの救いを切望する人の内面を「貧しい」と表現するが、特に詩編34編では7節に見られる通り「救い」と「(内面の)貧しさ」が表裏一体として述べられている。たとえイスラエルの王であろうとも全能の神なる主の御前では無一物に等しいという自覚が、この表現の背景に存在する。

【追記】

生涯の大半、ダビデ王は貧困とは無縁に見えたが、詩編で神の救いを切望(40編14節、70編2節)する際、自身の内面を「貧しい」と表現した(40編18節、70編6節)。ダビデの詩編を踏まえればマタイ5章3節に登場する「心の貧しい人」とは実際には、神の救いを切望している人のことである。