試論:「着る」べき「礼服」を140文字以内で

マタイ22章「礼服」に関連して、パウロはコロサイ3章で、キリストに結ばれていたいと望む人々が「着る」つまり身に着けるべき事柄に関してとりわけ10節以下で論じ、5節から9節では脱ぎ捨てるべきものも説く。身に着けるべきは憐れみの心、慈愛、謙遜、柔和、寛容、そして愛だとパウロは説いた。

【追記】

主はマタイ6章33節で「神の国と神の義を求めよ」と仰せになり、また同22章では神の国で神の御前に立つために不可欠な「神の義」を、「礼服」にたとえられた。この「礼服」すなわち「神の義」とは何であるかについて、パウロはコロサイ3章で、キリストの弟子が身に着けるべきものとして説明した。

(注)別エントリー「試論:マタイ22章『礼服』を140文字以内で」も参照のこと。
http://josephology.me/app-def/S-102/wordpress/archives/6740

(注)別エントリー「試論:『礼服』の意味を140文字以内で」も参照のこと。
http://josephology.me/app-def/S-102/wordpress/archives/8008