【問】復活の聖なる徹夜祭の朗読は創世記1章をなぜ含むの?
【問】主イエスの御復活とは、一度死んだ人々の霊が神の御許に帰還した(コヘレト12章7節)後に与えられる「天上の体」(一コリント15章40節)の新たな創造を意味し、この新たな創造を創世記冒頭の天地創造の継続と理解するからです。
(注)別エントリー「試論:人間の完成形(最終形態)を140文字以内で」も参照のこと。
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【追記】
コヘレト12章7節では人間の肉体を「塵」と表現し死によって大地(創世記2章7節、3章19節)へ帰ると記すが、洗礼により「神の子とする霊」(ローマ8章15節)を受けた者の「霊」は対照的に、罪に脆い肉体の重荷から解放され「霊」をくださった「与え主」神の許へ帰るべきだと定められている。
(注)別エントリー「試論:『盗賊さえ楽園に達した』を140文字以内で」も参照のこと。
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主イエスは、ルカ9章の「主の変容」で三人の使徒に、「天上の体」(一コリント15章40節)すなわち死者の復活後の人間の姿(同章35節以下)をお示しになったが、当時三人の使徒は全く理解できなかった。「人の心に思い浮かびもしなかったことを、神は愛する者たちに準備された」(同2章9節)。
一コリント15章でパウロは「地上の体」「天上の体」という表現を用いて、《人間が地上で生活していた際の、死によって朽ちていく肉体》と《その人の霊が神の許に帰還した後で、神によって天上で新しく与えられる、朽ちることのない体》について説明し、後者を「霊の体」(44節)等と表現している。
(注)別エントリー「試論:『イエスは復活と命』を140文字以内で」も参照のこと。
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「主の変容」とは、一コリント15章でパウロが言及する
「天上の体」(40節)
を主イエスが実際に三人の使徒へお示しになった意義深い出来事で、パウロは「天上の体」を
「朽ちないもの」(42節)
「輝かしいもの」「力強いもの」(43節)
「霊の体」(44節)
「天に属する者」(47節)
等と呼ぶ。
【問】一コリント15章20節「キリストは死者の中から復活され、眠りについた人たちの初穂となられ」の意味は?
【答】主イエスは御受難の後、神として「復活の体」を創造され、御自分の御復活で「復活の体」の最初の人となられ、「アブラハムのふところ」で待っていた旧約の義人にも与えられました。
コロサイ1章18節は「御子は死者の中から最初に生まれた方」と記すが、主イエスは御受難と御復活の間に「新しい天・地・エルサレム」を創造され御自身の「復活の体」の創造で完成された。その時を「アブラハムのふところ」で待ち続けていた過去の義人たちは、創造された《王国》へと受け入れられた。
(注)別エントリー「主の御復活とともに創造された事柄とは」も参照のこと。
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【問】主によって「復活の体(天上の体)」を与えられた旧約の義人たちはどうなりましたか?
【答】やはり主イエスが御受難の後に創造されていた「新しい天、新しい地、新しいエルサレム」(イザヤ65章17節以下、黙示録21節以下)と呼ばれる場所に、主によって迎え入れられて、住人となりました。
二世紀初めにアンティオキアの聖イグナティウスが記したように初代の信者は、キリストの御復活すなわち「天上の体」(一コリント15章40節)の創造の記念に、週七日の中で祝うべき特別の日を土曜日(ユダヤ教の安息日)から、御復活があった「週の最初の日(安息日の翌日)」日曜日へと置き換えた。
(注)別エントリー「試論:『安息日と主日との違い』を140文字以内で」も参照のこと。
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