試論:神殿奉献記念祭(ハヌカ)を140文字以内で

キリスト教が主の御降誕を祝う時期に、ユダヤ教もハヌカ(ヨハネ10章22節)を祝う。ハヌカは、紀元前二世紀にエルサレムの神殿が清められ新生したこと(一マカバイ4章52節)を祝う。主もヨハネ2章で御自身の体を神殿に喩えられた。キリスト教の伝統では、主の御降誕はハヌカと同時期であった。

(注)別エントリー「試論:『体も家も自身の住まい』を140文字以内で」も参照のこと。
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【追記】

クリスマスと同時期にユダヤ教ではハヌカの祭を祝うが、これはヨハネ福音書10章22節に神殿奉献記念祭として書かれており、アンティオコス・エピファネスがエルサレム神殿の祭壇に「荒廃をもたらす憎むべきもの」を築いて汚した三年後、ユダヤ人が神殿を清めてから新たに奉献した、記念の祭である。

(注)別エントリー「旧約聖書の預言書を研究する際の基本原則」も参照のこと。
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19世紀前半の作家エドガー・アラン・ポーは、紀元前二世紀のシリア王アンティオコス四世エピファネスを題材にした、「エピマネス(狂人)」という作品を書いたが、その冒頭には「アンティオコス・エピファネスは、一般的に預言者エゼキエルのいうところのゴグと見なされている」などと記されている。

(注)別エントリー「予備的考察:いわゆる『エゼキエル戦争』」も参照のこと。
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(注)別エントリー「試論:エゼキエル戦争を140文字以内で」も参照のこと。
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紀元前二世紀のシリア王アンティオコス四世エピファネスはエジプト侵略の兵を起こし、完全征服目前でローマの横槍によって撤退を余儀なくされ、帰途立ち寄ったエルサレムとユダヤ全土で暴虐の限りを尽くした。ペルシア統治の強化を図り同地に遠征したが、そこで神からの目に見えぬ一撃を受け頓死した。

ダニエル書の時代、旧約の民イスラエルの守護天使は、ミカエルと見なされた(同書10章21節)。12章は「ミカエルが立つ」と記し、長い異民族支配の後のユダヤ独立(マカバイ記一、二)を預言したが、直前の11章後半ではユダヤ独立の前に「北の王」がエジプトに侵攻して席巻することも預言する。

紀元前二世紀のシリア王アンティオコス四世エピファネスは、少年王の統治するエジプトに何度も侵攻して席巻し、数年間エジプトの実質的な支配者のように振舞った。シリア王は最後にエジプトの完全征服を目論み首都に進撃したが、当時の世界最強勢力であったローマの横槍によって撤退を余儀なくされた。

バビロン捕囚からの帰還と主イエス・キリストの御降誕との間の約五百年で、アンティオコス四世エピファネスによる迫害ほどイスラエル人にとって苛酷な惨劇はなかった。エゼキエル書38章で預言されている危機的状況をマカバイ記の時代の惨劇とは全く無関係と捉えるのは、やはり解釈として無理がある。

ルカ21章22節において、主イエス・キリストは、エルサレムの滅亡をもって旧約聖書の預言が全て成就すると明言されており、それは紀元七〇年に現実のこととなった。従って、既に旧約聖書の預言が全て成就している以上、現代や近未来の世界情勢に関して旧約聖書の預言から考える行為は無意味である。

ルカ21章22節には「書かれていること」という言い回しが用いられているが、これはヨシュア記1章8節と同様に、「預言された事柄」「神から啓示された内容」などを意味する表現である。古代においては「書く(書いて記録に残しておく)」という行為それ自体が、非常に重要な意味を持つものだった。

ダニエル書9章では神殿とエルサレムの復興を強く願うダニエルの祈りに応えて、都と神殿の再建さらには救い主の到来までも約束されたが、救い主が不当に殺された後、モーセの律法を蹂躙する集団が神殿の聖所を占拠し、そして次に来る指導者の民が、都と神殿を無法集団もろとも、滅ぼし尽くして終わる。

(注)別エントリー「戦争と飢餓:ある意味で実戦よりも残酷な」も参照のこと。
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(注)別エントリー「ダニエル書9章の『七十週』預言」も参照のこと。
http://josephology.me/app-def/S-102/wordpress/archives/22