主にゼベダイの子らの母が息子たちを左右の座にと願った時、残りの十人の使徒は立腹した。これはしかし主が御受難を予告された直後であり、この「雷の子」である兄弟は決死の覚悟を主に伝えたい一心だった。ヨハネは御受難の折も主の傍らにあり、御受難の際に主から一時離れたヤコブも最後は殉教した。
【追記】
ヨハネは大祭司が自分の存在を認識していた(ヨハネ18章15節)と記す。大祭司がガリラヤの漁師の息子をなぜ、認識していたのか? 理由として可能性が大きいのは、ヨハネの母が聖母の母アンナやエリサベトと同様、祭司族出身の女性だったためと推定され、母方が祭司族という点で、皆が遠縁だった。
(注)別エントリー「試論:『清めの水』を140文字以内で」も参照のこと。
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古代に遡ることができるある伝承は、十二使徒の中で、聖母に対する敬愛が特に強かった三人が、聖母の終生童貞に倣って終生童貞(独身)であったとする。それはヨハネと二人のヤコブで、ゼベダイの子らの母は聖母の「姉妹」(ヨハネ19章25節)であり、ヤコブの母も聖母の(義理の)「姉妹」だった。
(注)別エントリー「イエスの『兄弟』『姉妹』:同胞か親戚か」も参照のこと。
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福音書は主イエスの「兄弟姉妹」の存在を記すが、主は御受難の際、母を弟子ヨハネに託された。古代イスラエルでは師の死後その母の面倒を見るのは本来、弟子でなく遺族の責務である。ヨハネは自分の母を「母の姉妹」(ヨハネ19章25節)と記す。古代イスラエルで「兄弟姉妹」は親族全般を意味した。
聖母マリアの両親に関してカトリック教会の聖伝は、父がダビデ王家の末裔ヨヤキム、母はアロン族(祭司族)の娘アンナと教えてきた。古代のイスラエルでは、結婚相手は同じ部族または先祖が共通する同士が望ましいとされたが、大祭司アロンの妻はユダの族長ナフション(ダビデの先祖)の姉妹であった。
(注)別エントリー「試論:カナでの婚礼と聖母マリアを140文字以内で」も参照のこと。
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主は御受難の際、ヨハネに母を託された。このことで聖母には主以外に子がないとわかるが、ルツ記のように「近くの他人より遠くの親戚」の聖書世界では愛弟子というだけで師の母親を引き取るのは不自然で、ヨハネの母が「母の姉妹」(ヨハネ19章25節)つまり聖母の親族である蓋然性は否定できない。
(注)別エントリー「『ヨハネの兄弟』ヤコブの殉教」も参照のこと。
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主の御受難の際、十字架を囲んで主の死を見届けたのは聖母マリア、クロパの妻マリア、ヨハネの母サロメ、マグダラのマリア、そしてヨハネだった。女性たちは「使徒などといっても肝心な時には逃げる意気地なしだから、私たちが代わります」とは言わずに、裏方に徹し続け、ヨハネも同様に裏方に回った。
(注)別エントリー「試論:『長老のヨハネ』を140文字以内で」も参照のこと。
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