主イエスはマタイ9章33節で口の利けない人を完治させたがイザヤ35章6節の預言によれば、それは目の見えない人の治癒(同5節)と共にメシア到来の徴だった。この徴を認めたくない人は「悪霊のかしらの力で悪霊を追い出している」と難癖を付けたが、これを主は「ベルゼブル論争」にて否定された。
主はマルコ3章28節以下で、御自身の人間(人の子)的側面(ガリラヤ人、大工等)を云々する人々には酌量の余地がまだ残されるが、御自身の神としての権威(聖霊によって悪霊を追い出した事実)を目の当りにしながらそれになお難癖をつける人については、最早決して酌量の余地はないと警告なさった。
主イエスに関してヨハネ福音書は「真理」を事ある毎に強調しイエスに偽りはなかったと説く。裏を返せばイエスの敵たちがイエスに難癖を付けるためなら偽りの告発を平然と行って恥じなかったことをも記している。「ガリラヤからは預言者は出ない」という難癖もヨナという先例がいる以上は虚偽であった。
ヨハネ7章52節に「ガリラヤからは預言者は出ない」という敵たちの難癖がある。彼らの発言は誤りで、預言者ヨナの出身地は列王下14章25節にガト・へフェルと記される。ヨシュア19章13節ではガト・へフェルはゼブルン族の領土で、そこはイザヤ8章23節の通り福音書の時代のガリラヤである。
ある人々は「メシアが来る時どこから来るのかは誰も知らないはずだ」と主イエスに難癖を付けた(ヨハネ7章27節)。しかしこの件に関してはマタイ2章で祭司長たちや律法学者たちにヘロデ王がメシア出生の地について尋ねた際に、答えは示されている。ユダヤのベツレヘムはダビデ王家発祥の地だった。
イエスに難癖を付け続ける祭司長たちやファリサイ派の人々に対し、ニコデモは「律法(申命記1章16節以下)によれば〜」と口を挟み、「あなたたちは律法を口実にイエスを批判するが、実はあなたたちこそ律法に背いているのではないか」と示唆した。出エジプト23章1節「根拠のない噂を広めるな」。
主イエスはヨハネ5章で、三十八年間も病気で苦しんでいた人に健康と幸福を与えられたが、主に反感を抱いていた人々は健康を回復した人に「安息日に床を担ぐことは律法で許されていない」と難癖を付けただけだった。「憐れみの心で互いをいたわり合い、正義と真理(真心)に基づいて、判断しなさい」。
主はルカ17章1節で「つまずきは避けられないがそれをもたらす者は不幸だ」と仰せになった。レビ19章17節は悪意を抱いたまま隣人に接することを禁じ、箴言26章27節は他人を落とす穴を掘る者は自分がそこに落ちると記し、民数記12章でモーセに難癖をつけたミリアムは厳しく主に罰せられた。
ヨハネ18章で主が逮捕されて大祭司のもとで尋問を受けた際、「返事の仕方」のことで大祭司の「下役」に難癖をつけられ、主は平手打ちを受けた。もちろん主は不当な暴力に対して暴力で返すことなどなさらなかった(マタイ5章39節参照)が、不当な言い掛かりに対して主張すべき事柄は主張なさった。
古代のイスラエルでは詩編45編8(7)節の通り「油」は特別な歓迎の象徴であった。ベタニアでマリアは、ユダに難癖をつけられても高価な香油を主イエスに注いだ。「十人の乙女」のたとえで、「愚かな乙女たち」が「油の用意をしていなかった」とは、主を歓迎する準備ができていない状態も象徴する。
マルコ7章でファリサイ派の人は、「市場から帰ったら食事の前に身を洗うこと」という言い伝えに従いイエスに難癖をつけたが、本来これはモーセの律法にはない。モーセの時代に荒れ野を放浪したイスラエル人は日々の糧をマナに全面的に依存しており、また水資源の確保にも苦労し続けている状態だった。
主はマタイ12章32節で、御自分の人間としての側面(ガリラヤ人、大工など)に関して同時代の人々からとやかく言われてもそれは看過すると仰せになったが、神としての側面に関して難癖をつける(悪霊を追い出した神の霊つまり聖霊を、ベルゼブル呼ばわりするなど)なら看過されないと仰せになった。
古代のギリシア語訳民数記の12章3節ではモーセを「柔和な人」の代表例とする。自分に難癖をつけてきて神に罰せられた(レビ19章17節参照)姉ミリアムに対して、モーセは全く姉の不幸を喜ぶことなく(箴言17章5節参照)、逆に姉のために神なる主に執り成し、赦しを請い願った人だからである。
モーセの姉ミリアムと兄アロンは、モーセの妻が異民族出身だという口実でモーセに正論を装った難癖をつけ、主なる神の御怒りに触れてミリアムは「重い皮膚病」となった。兄弟を陥れることが目的の濡れ衣は、兄弟愛に背くものとして主なる神が大いに忌み嫌われる行為であり、厳しい罰を伴うものである。
出エジプト記7章でファラオと対決した時、モーセたち兄弟は既に八十代だった。民数記12章で姉や兄から「あなたの妻はイスラエル人ではない」と難癖をつけられてもモーセは衝突を避けた。自分たち兄弟の見苦しい有様を目にして民が動揺すれば今までの労苦は全て水の泡だと、客観的に判断できていた。
「柔和な人」と同じ単語を古代のギリシア語訳民数記12章3節は用い、モーセを他の誰よりも「柔和」だったとした。モーセが姉ミリアムと兄アロンに難癖をつけられた際、ミリアムは厳しく主に罰せられたが、モーセは姉のために救いを求めて主に叫び、この時のモーセの態度が「柔和」の代表例とされた。
民数記12章でモーセは「あなたの妻はイスラエル人ではない」と姉や兄から難癖をつけられた。それは何十年も前からのことであり姉や兄も百も承知のはずで、「何を今更」「言うに事欠いて」の話だが、姉や兄が自分に不満を抱いていることに対し、モーセは主なる神に全て委ね、自分では相手しなかった。
【問】モーセの兄アロンは「金の子牛」を造ったり姉妹ミリアムと共にモーセに難癖を付けたりしました。ペトロは師に間違った忠告をしてサタン呼ぼわりされたり鶏が鳴く前に三度主を知らないと言ったりしました。なぜ二人はそれでも高く評価されるのですか?
【答】間違いを素直に認めて正したからです。