試論:マタイ7章12節の重要性を140文字以内で

【問】《キリストの律法》(マタイ7章12節)はなぜ重要?
【答】主イエス御自身が隣人愛という事柄を簡潔に、しかも具体的に定義されたからで、これが、キリストの弟子の規範であると同時に「最後の審判」において「永遠の命」「永遠の罰」のどちらに行くのか、一人一人の行方を、大きく左右します。

(注)別エントリー「試論:『愛』と『愛の反対』を140文字以内で」も参照のこと。
http://josephology.me/app-def/S-102/wordpress/archives/12199

【追記】

A.他人からしてもらいたいことを他人に行う(マタイ7章12節)。

B.他人からしてもらいたいことを他人に行わない。

C.他人からしてもらいたくないことを他人に行う。

D.他人からしてもらいたくないことを他人に行わない(トビト4章15節)。

「愛」はAとDであり「愛の反対」はBとCである。

【問】マタイ7章23節は「あなたたちのことは全く知らない。不法を働く者よ、わたしから離れ去れ」と記しますが、「不法」って、何?
【答】「法」とはマタイ7章12節の《キリストの律法》「他の人からしてもらいたいことならば全部あなたから他の人にしなさい」で、「不法」はそれに背くことです。

【問】マタイ7章13節の「狭い門」って、何?
【答】「門」とは天の国に入るための「義の門」(詩編118編19節)のことで、入るためには《キリストの律法》を日々実践しなければなりませんが、なぜか信者を自称する人々ですら、この「門」に関心を持つ者は多くなく、ゆえに「狭い」と呼ばれます。

(注)別エントリー「試論:『不法』って、何??を140文字以内で」も参照のこと。
http://josephology.me/app-def/S-102/wordpress/archives/26773