試論:「目を覚まして」を140文字以内で

主イエスは福音書で何度も「目を覚ましていなさい」と仰せになった。これに続けるようにパウロは、一コリント16章13節で「信仰に基づいてしっかり立ちなさい。雄々しく強く生きなさい」と記した。ペトロも第一の手紙5章8節で、この仰せの前に「身を慎んで」と付け加え、悪魔に対する警戒を説く。

(注)別エントリー「試論:引き締めるべきものは何?を140文字以内で」も参照のこと。
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【追記】

主はルカ12章37節で「主人が帰って来た時、目を覚ましているのを見られる僕(しもべ)たちは幸い」と仰せになり、38節も同様である。43節では「主人が帰って来た時、言われた通りにしているのを見られる僕は幸い」とあるので、主の仰せを怠らず行うことが「目を覚ましている」ことだと分かる。

(注)別エントリー「試論:聞くだけの人を140文字以内で」も参照のこと。
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(注)別エントリー「試論:砂の上の家を140文字以内で」も参照のこと。
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(注)別エントリー「試論:『主よ、主よ』を140文字以内で」も参照のこと。
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(注)別エントリー「試論:神から受けた掟を140文字以内で」も参照のこと。
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