主の御受難と「ぶどう園」の滅亡

【問】エルサレム入城後、主イエスは「ぶどう園」のたとえを用いられます。なぜ?
【答】イザヤ5章7節は古代のイスラエルを「万軍の主のぶどう園」と呼びます。主は祭司長たちや長老たちを相手に「あなたたちはわたしを殺すつもりだが近い将来、祭司制度や最高法院の時代は終わる」と示唆されました。

【問】マタイ20章16節「後にいる者が先になり、先にいる者が後になる」とは?
【答】申命記28章13節「あなたの神、主の戒めにあなたが聞き従うならば、主はあなたを頭とし、決して尾とされない」を踏まえれば、古代のイスラエル人が御自分に従わず、むしろ異邦人が従うことを暗示されています。

【問】ローマ総督館の前の「彼(=主イエス)の血の責任は、我々と我々の子孫にある」という声は当時のユダヤ人の総意ですか?
【答】いいえ。その「群衆」は主イエスの逮捕時にユダと一緒にいた人々で祭司長たちや民の長老たちによって派遣され、イエスを死なせるという点で意思統一ができていました。

【問】イエスの処刑を当時のユダヤ人の全員が望んでいたのですか?
【答】いいえ。マタイ27章25節はローマ総督館の前で人々が「彼の血の責任は、我々と子孫にある」と答えたと記しますが、ルカ23章27節は女性たちの大群が十字架を背負わされたイエスの姿を見て嘆き悲しんでいたと記しています。

(注)別エントリー「エルサレムの婦人たちへの伝言」も参照のこと。
http://josephology.me/app-def/S-102/wordpress/archives/15741

【問】紀元七〇年にエルサレムが滅亡した理由は、その約四十年前に、そこでキリストが殺されていたからですか?
【答】ユダヤ教側の伝統的解釈では当時のユダヤの人々の間に理由のない憎しみ(レビ19章17節。ヨハネ15章25節参照)が蔓延(マタイ24章10節、12節参照)したためとされます。

(注)別エントリー「試論:『人心荒廃と神殿の滅亡』を140文字以内で」も参照のこと。
http://josephology.me/app-def/S-102/wordpress/archives/20384

(注)別エントリー「試論:『悪と人間の心』を140文字以内で」も参照のこと。
http://josephology.me/app-def/S-102/wordpress/archives/20277

(注)別エントリー「神から心が離れ始めた徴(しるし)とは」も参照のこと。
http://josephology.me/app-def/S-102/wordpress/archives/5277

(注)別エントリー「悪意の放棄なしに永遠の命を得る道はない」も参照のこと。
http://josephology.me/app-def/S-102/wordpress/archives/4884

【問】なぜ旧約聖書の預言書は、エルサレムが神に対する背信に走った時、娼婦や遊女に喩えましたか?
【答】旧約の民は、神と神の民との関係を花婿と花嫁に喩えます(イザヤ62章5節)。娼婦とか遊女というとドキッとする強烈な表現になりますが、少しやわらかく表現すれば「浮気女」ということです。

【問】では、黙示録に登場する「大淫婦」も、その脈絡で言えば古代のエルサレムを指していますか?
【答】エルサレムは主イエスの入城の際には歓呼をもって迎え入れましたが、数日のうちに裏切り夜中に急襲して逮捕し、一日のうちに死に至らしめました。いくら「浮気女」だとしても、究極の悪事でした。

(注)別エントリー「エルサレムがバビロンと呼ばれた理由」も参照のこと。
http://josephology.me/app-def/S-102/wordpress/archives/1962

【問】旧約聖書の預言書は、おもにどこでエルサレムの「浮気女」ぶりを非難していますか?
【答】黙示録の本文で「淫婦」を表すギリシア語と同じ語が、早くも古代ギリシア語訳イザヤ1章21節で登場します。他にはエレミヤ2章と同13章27節や、エゼキエル16章(特に30節)と同23章などです。

【問】黙示録の「大淫婦」とは現代や近未来に存在している何者かの存在を指しているのでしょうか?
【答】ヨハネに対して啓示がなされた際、最初と最後に、「すぐにでも起こるはずのこと」と釘が刺されています。主イエスと同じ時代を生きたヨハネにとって、それは約二千年後のことになるのでしょうか?

【問】なぜ紀元七〇年のエルサレムと神殿の滅亡が、キリスト教にとって重大な意味を持つのですか?
【答】主イエスはマタイ5章18節で、「天地」が消え失せるまではモーセの律法の時代が続くと仰せになりましたが、詩編78編69節においては、「天地」はエルサレム神殿の比喩として用いられました。

(注)別エントリー「試論:『天地が消え失せるまで』を140文字以内で」も参照のこと。
http://josephology.me/app-def/S-102/wordpress/archives/11358