試論:物質主義と人間を140文字以内で

知恵の書5章8節は「われわれは、当然のように自画自賛して隣人たちを小馬鹿にし、富を誇り、物質的な価値観以外の事柄に対しては忌み嫌って、少しも意味など感じることはなかったが、そのような生き方や富は本当に自分の役に立ったのだろうか? 富と高慢は自分を最後にどこへ導いたのか?」と記す。

【追記】

エフェソ4章の後半では、「神にかたどって造られた新しい人」として生きるために、「怒ることはあっても罪を犯してはならない」「日が暮れるまで怒ったままではいけない」「悪い言葉を一切口にしない」「無慈悲、憤り、怒り、わめき、そしりなどの全てを、一切の悪意とともに捨てる」等を勧めている。

イザヤ58章9節「もしもあなたが隣人を圧迫することをやめるなら、もしもあなたが隣人を侮ることをやめるなら、もしもあなたが隣人を言葉で傷つけることをやめるなら、あなたが主を呼ぶ時には必ず主は御答えになり、あなたが主に向かって叫ぶ時には必ず主は『わたしはここにいる』と御返事される」。

(注)別エントリー「試論:『主は優しい人に優しい』を140文字以内で」も参照のこと。
http://josephology.me/app-def/S-102/wordpress/archives/8296

A.他人からしてもらいたいことを他人に行う(マタイ7章12節)。

B.他人からしてもらいたいことを他人に行わない。

C.他人からしてもらいたくないことを他人に行う。

D.他人からしてもらいたくないことを他人に行わない(トビト4章15節)。

「愛」はAとDであり「愛の反対」はBとCである。

(注)別エントリー「試論:『愛』(キリストの律法)を140文字以内で」も参照のこと。
http://josephology.me/app-def/S-102/wordpress/archives/13665