【問】マタイ18章「仲間を容赦しない家来」の話は、何のたとえですか?
【答】自分自身の矯正すべき諸々の欠点に関してはただ神の赦しを願うだけで何の努力もせず放置するくせに、自分以外の周囲の人々の些細な欠点に関してはむやみやたらと目くじらを立て大騒ぎする人々のことを、戒めるたとえです。
【追記】
【問】「偽善者よ、あなたたちは他人の目の中にあるおが屑に気付いても自分の中にある丸太には気付かない」と、同じですか?
【答】ルカ18章「ファリサイ派の人と徴税人」の話にしてもそうですが、神である主は「他者を責めない人に対しては優しく、他者を責めるだけの人に対しては厳しい」御方です。