試論:「ユダとサタン」を140文字以内で

【問】主イエスはユダを含む「十二人」にあらゆる悪霊に打ち勝つ権能をお授けになりましたが、なぜユダ自身が悪魔に入られたの?
【答】ルカ11章24節以下は人間を「家」に喩える古代の慣用句を用いて、本人に悪しき存在への強固な拒絶の意思がなければ、人間は悪の支配下に入ってしまうと戒めます。

【追記】

主イエスはマタイ10章で十二人をお選びになり、「汚れた霊を追い出し、あらゆる病気や患いを癒す権能」を授けられた。マルコ3章14節は「十二人」選抜の目的を御自分の傍に置くためと記す。その一人は泥棒(ヨハネ12章6節)となり、銀貨三十枚(マタイ26章15節)で、自分の師を売り渡した。

(注)別エントリー「試論:『預言や奇跡よりも』を140文字以内で」も参照のこと。
http://josephology.me/app-def/S-102/wordpress/archives/16157

主イエスはマタイ7章22節以下で、預言や悪霊を追い出すことや奇跡よりも、悪を行わないことこそが重要で御自分の弟子である証明だと教えられた。イスカリオテのユダは汚れた霊を追い出す権能と病気を癒す力を使徒として与えられたが(マタイ10章)、献金を盗んでいたためサタンが彼の中に入った。

(注)別エントリー「試論:『献金泥棒』を140文字以内で」も参照のこと。
http://josephology.me/app-def/S-102/wordpress/archives/11983

【問】なぜイスカリオテのユダは主イエスを裏切りましたか?
【答】ヨハネ12章6節は彼が献金泥棒的な行為をしていたと記しています。「茨の中に落ちた種とは、富の誘惑その他の欲望が心に入り込み御言葉を覆い塞いで実らないこと」。財布のごまかしに象徴される面従腹背が、彼を破滅へと導きました。

主イエスはルカ11章24節以下で、いくら御自分や弟子たちが人々から悪霊を追い出したとしても、その人自身が悪霊を拒む強固な意志を抱いて主なる神への信仰によって悪霊に心の隙を与えぬよう努めなければ、やがて悪霊はその人の隙に乗じて戻って来て、その人の内面を占領してしまうと仰せになった。

《体も家も自身にとっての住みか》と考え両者を重ねる概念はヨブ4章19節に見られるヘブライの世界観で、ヨハネ2章19節の主の仰せ「三日で建て直す」や二コリント5章9節と関連する。ヘブライ人は人間それ自身をも「家」にたとえた(マタイ12章やルカ11章の「汚れた霊が家に戻って来る」)。

「家と体はともに自身にとっての住まい」として両者を重ねる古代のヘブライ人の世界観を踏まえれば、主がヨハネ14章2節以下で仰せになった「あなたたちのために準備する住む場所」とは、「天から与えられる住みか」(二コリント5章1節)すなわち、「天上の体」(一コリント15章40節)を指す。