【問】詩編49編8(7)節は、人間が神に対して贖いの業を行うことはできないと説きます。人となられた神の御独り子イエスが唯一の贖い主です。贖いにおけるマリアの役割とは何?
【答】彼女は、生まれて来る男の子の苛酷な定め(十字架上の屠殺)を十分に理解した上で、母となることを承諾しました。
(注)別エントリー「『贖(あがな)い』と『救い主の母』」も参照のこと。
http://josephology.me/app-def/S-102/wordpress/archives/19677
【追記】
【問】ルカ2章35節のシメオンの預言「あなた自身も剣で心を刺し貫かれます」の意味は?
【答】古代のヘブライ人は、心に鋭く突き刺さる言葉〔の力〕を剣に喩えました(詩編55編22(21)節、マタイ10章34節、黙示録1章7節)。御受難の際に敵たちの容赦ない悪罵に苦しめられるの意味です。
【問】なぜ母マリアは崇敬されるべきですか?
【答】神の御独り子が救い主として人間の世に来られることを預言者たちは語っていましたが同時に、救い主が生贄の小羊のように屠殺されるとも語っていました。しかしマリアは生まれて来る子の苛酷な定めを完全に理解した上で、母となることを承諾しました。
詩編49(48)編8(7)節は、神に対して人間が贖いの業を行うことはできないと記す。とはいえ神の御独り子が自ら人間となられて自分の「からだ」を「身代金」として贖いの業を行われた時の「からだ」は、マリアから受けたものだった。マリアは極めて特別な形でイエスの贖いの業に「参加」をした。
(注)別エントリー「試論:ヨハネ1章14節とマリアを140文字以内で」も参照のこと。
http://josephology.me/app-def/S-102/wordpress/archives/7795
(注)別エントリー「試論:『履物を脱ぐ』を140文字以内で」も参照のこと。
http://josephology.me/app-def/S-102/wordpress/archives/8620