試論:マタイ20章16節の意味を140文字以内で

【問】マタイ20章16節「後にいる者が先になり、先にいる者が後になる」とは?
【答】申命記28章13節「あなたの神、主の戒めにあなたが聞き従うならば、主はあなたを頭とし、決して尾とされない」を踏まえれば、古代のイスラエル人が御自分に従わず、むしろ異邦人が従うことを暗示されています。

【追記】

【問】ローマ総督館の前の「彼(=主イエス)の血の責任は、我々と我々の子孫にある」という声は当時のユダヤ人の総意ですか?
【答】いいえ。その「群衆」は主イエスの逮捕時にユダと一緒にいた人々で祭司長たちや民の長老たちによって派遣され、イエスを死なせるという点で意思統一ができていました。

【問】イエスの処刑を当時のユダヤ人の全員が望んでいたのですか?
【答】いいえ。マタイ27章25節はローマ総督館の前で人々が「彼の血の責任は、我々と子孫にある」と答えたと記しますが、ルカ23章27節は女性たちの大群が十字架を背負わされたイエスの姿を見て嘆き悲しんでいたと記しています。

(注)別エントリー「エルサレムの婦人たちへの伝言」も参照のこと。
http://josephology.me/app-def/S-102/wordpress/archives/15741

【問】紀元七〇年にエルサレムが滅亡した理由は、その約四十年前に、そこでキリストが殺されていたからですか?
【答】ユダヤ教側の伝統的解釈では当時のユダヤの人々の間に理由のない憎しみ(レビ19章17節。ヨハネ15章25節参照)が蔓延(マタイ24章10節、12節参照)したためとされます。

(注)別エントリー「試論:『人心荒廃と神殿の滅亡』を140文字以内で」も参照のこと。
http://josephology.me/app-def/S-102/wordpress/archives/20384

(注)別エントリー「試論:『悪と人間の心』を140文字以内で」も参照のこと。
http://josephology.me/app-def/S-102/wordpress/archives/20277

(注)別エントリー「神から心が離れ始めた徴(しるし)とは」も参照のこと。
http://josephology.me/app-def/S-102/wordpress/archives/5277

(注)別エントリー「悪意の放棄なしに永遠の命を得る道はない」も参照のこと。
http://josephology.me/app-def/S-102/wordpress/archives/4884