ルカ7章47節

【問】「わたしに赦されることが少ない人はわたしを愛することも少ない」と主イエスは仰せですが、具体的にどうすればいいの?
【答】主はヨハネ14章21節で「わたしの掟を受け入れて守る者がわたしを愛する人」と仰せになりました。「わたしの掟」とは同13章34節以下の「新しい掟」のことです。

【問】では、主イエスの御教えにおいて隣人愛の原則となるのは、何ですか?
【答】マタイ7章12節「あなたが他の人からしてもらいたいことならなんでも。あなたの方から他の人にしなさい。これこそが律法であり預言者〔の教え〕」のことで、パウロはこの御教えを、《キリストの律法》と呼んでいます。

マタイ25章45節で主は「この小さな者の一人にしなかったことは、わたしにしなかったことである」と仰せになり、隣人愛の実行を神への愛の基準にすると宣言された。従って「私は周囲とはトラブルを起こしてばかりですが、主よ、あなたへの愛だけは誰にも負けません」という自己申告は、通用しない。

【問】キリストはパンを増やし湖の上を歩き病人をいやしたということですが、ではそのキリストは、御自分の弟子となった人々にも奇跡を行うことを要求されましたか?
【答】いいえ。キリストは預言や悪霊を追い出すことや奇跡ではなく、天の父の御心を行うことを要請されます(マタイ7章21節以下)。

【問】マタイ7章21節「わたしを『主よ主よ』と呼ぶ全員が天の国に入れるわけではない」23節「不法を働く者はわたしから離れよ」。「法」って何?
【答】12節で主イエス御自身が「これこそ律法」と呼ばれた「他の人からしてもらいたいことを全部あなたから他の人にしなさい」がそれに当たります。

(注)別エントリー「試論:『愛』(キリストの律法)を140文字以内で」も参照のこと。
http://josephology.me/app-def/S-102/wordpress/archives/13665

【問】では「天の父の御心」とは何ですか?
【答】「他の人からしてもらいたいことは全て、あなたから他の人にしなさい」(マタイ7章12節。一ヨハネ3章4節参照)のことで、一ヨハネ4章16節は「神は愛」「愛にとどまる人は神の内にとどまり、神も、その人の内にとどまってくださる」と説きます。

【問】一ヨハネ3章4節「罪とは、法に背くこと」の「法」って何?
【答】「法に背くこと」のギリシア語本文はアノミアで、この語は「ノモス(法)に反すること」の意味ですが、ノモスはマタイ7章12節では「律法」と訳され、「他の人にしてもらいたいことは全て、他の人にしなさい」を指しています。

(注)別エントリー「試論:一ヨハネ3章4節を140文字以内で」も参照のこと。
http://josephology.me/app-def/S-102/wordpress/archives/21874

A.他人からしてもらいたいことを他人に行う(マタイ7章12節)。

B.他人からしてもらいたいことを他人に行わない。

C.他人からしてもらいたくないことを他人に行う。

D.他人からしてもらいたくないことを他人に行わない(トビト4章15節)。

「愛」はAとDであり「愛の反対」はBとCである。

ローマ13章10節は「愛は隣人に悪を行わない」と記す。これに従えば「愛の反対」とは「隣人に悪を行うこと」である。マタイ7章21節以下「わたしを『主よ、主よ』と呼ぶ者が皆、天の国に入るわけではない」「不法を働く者どもよ、わたしから離れ去れ。わたしはお前たちのことなど全く知らない」。

(注)別エントリー「試論:ローマ13章『愛の反対』を140文字以内で」も参照のこと。
http://josephology.me/app-def/S-102/wordpress/archives/16049