試論:聖書の「柔和」を140文字以内で

【問】聖書の「柔和」とは女性的な事柄ですか?
【答】いいえ。全く違います。古代ギリシア語訳の民数記12章3節で、モーセは地上の誰よリも柔和な人だったと評されます。妻のことで難癖を付けてきた姉を彼は相手にせず、神なる主が姉を罰した時、彼は姉のための赦しを神なる主に請い願ったからです。

【追記】

【問】聖書の「柔和」は女性的とかそういう話ではない、ということですね?
【答】モーセが民数記12章で姉や兄の難癖を全く相手にしなかった理由は、出エジプト記7章の時点で既に八十代に達していた高齢の兄弟が喧嘩を始めることによって、イスラエルの民に動揺が走ることをモーセが恐れたためです。

【問】姉ミリアムや兄アロンと違いモーセは大所高所から物事を見ていた、ということですね?
【答】モーセはアブラハムと同様に私利私欲とは程遠い無私の人でしたが、弟の背負っていたものと使命感とに比べれば、姉ミリアムや兄アロンはまだまだ私情で動いた、と言われても仕方のないエピソードでした。

【問】主イエスは「柔和で謙遜な者」と称されましたが、普通の人間は自分で自分をそんな風には言わないのでは?
【答】それはまさに主イエスが普通の人間ではないからで、「柔和」とは「わたしは優しい人には優しい」、「謙遜」とは「わたしは神であり人間で、人間の弱い部分も知っている」の意味です。

(注)別エントリー「試論:『主は優しい人に優しい』を140文字以内で」も参照のこと。
http://josephology.me/app-def/S-102/wordpress/archives/8296

(注)別エントリー「試論:神であり人であるキリストを140文字以内で」も参照のこと。
http://josephology.me/app-def/S-102/wordpress/archives/6725

(注)別エントリー「試論:『受肉』を140文字以内で」も参照のこと。
http://josephology.me/app-def/S-102/wordpress/archives/7842

(注)別エントリー「試論:『愛』(キリストの律法)を140文字以内で」も参照のこと。
http://josephology.me/app-def/S-102/wordpress/archives/13665