試論:マタイ17章2節「太陽」を140文字以内で

「主の変容」の際、マタイ17章2節は「その顔は太陽のように輝き」と記すが、黙示録1章16節は天上におられるキリストを「顔は照り輝く太陽のようであった」と記し、まさに「主の変容」において三人の使徒は「天上の体」を目撃した。黙示録1章でヨハネは「主の変容」を思い出し主の足許に倒れた。

【追記】

「主の変容」の後、主イエスは「人の子が死者の中から復活するまでは今見たことを誰にも話してはならない」と命じられた。使徒たちは「天上の体」(一コリント15章40節)を目撃したのだが、まず主の御復活前後の実体験を経た上で復活の意義を理解しなければ、「天上の体」の理解もないからである。

主イエスはマタイ17章の「主の変容」で三人の使徒に「天上の体」(一コリント15章40節)すなわち死者の復活後の人間の姿(同章35節以下)をお示しになったが、当時三人の使徒は全く理解できなかった。「人の心に思い浮かびもしなかったことを、神は愛する者たちに準備された」(同2章9節)。

(注)別エントリー「試論:人間の完成形(最終形態)を140文字以内で」も参照のこと。
http://josephology.me/app-def/S-102/wordpress/archives/15868