【問】主イエスや養父ヨセフの仕事は実際どんなものだったのでしょうか?
【答】福音書はイエスやヨセフの職業をテクトーンというギリシア語で表現し、この語は福音書では「大工」と訳されますが、シラ38章27節だと「職人」と訳され、同節は、「昼も夜も働く」と、この職業のことを説明しています。
【追記】
【問】ではイエスもヨセフも休みを与えられず昼も夜も奴隷労働のようなことをさせられていたのですか?
【答】いいえ。全く違います。シラ38章の後半は、一芸に秀でるためには、努力に費やす時間を惜しんではならないと教えており、その文脈で、熟練工としてのテクトーンが引き合いに出されています。
【問】テクトーンが「昼も夜も働く」とは、いったい何のことですか?
【答】一つの仕事の注文を受けると、工房とか作業部屋のような場所に閉じこもって、一心不乱に仕事に打ち込んでいたということです。当時のテクトーンに求められた仕事の内容とは、例えば、木製の二輪馬車の車輪の修理の類いでした。
【問】福音書で故郷の人々が「この人は大工(テクトーン)ではないか」と驚いた理由は何?
【答】故郷の人々は、その仕事振りから真面目で勤勉なことを知っていたし、いつも安息日に会堂で聖書を朗読する確かな信仰の持ち主(ルカ4章16節)だとも知っていましたが、それ以上だとは考えませんでした。
福音書でイエスやヨセフの職業はギリシア語でテクトーンと表現されるが、ホメロスの叙事詩ではこの語は建築や工芸全般また船大工とも関連した。福音書の時代、この職業に特に期待された役割は二輪馬車とりわけ車輪の製造・修理と考えられ、イザヤ44章13節はテクトーンの道具としてコンパスを記す。
(注)別エントリー「『イエスやヨセフは石切』ではない」も参照のこと。
http://josephology.me/app-def/S-102/wordpress/archives/67
(注)別エントリー「イエス・キリスト石切説が否定される理由」も参照のこと。
http://josephology.me/app-def/S-102/wordpress/archives/1355
(注)別エントリー「旧約時代の木造建築水準」も参照のこと。
http://josephology.me/app-def/S-102/wordpress/archives/2262
古代において車輪の発明は、これをもって「原始人」は「文明人」に移行したと評されるほど人間社会に大きな変革をもたらした。列王記下6章にある通り、一般人でも日曜大工的に木造建築技術をある程度は身に付けていたが、むしろ専門の木工職人の本領は、二輪馬車の車輪の修理において発揮されていた。
【問】新約聖書中で洗礼を受けた人たちで身分の高さが際立つ人は誰?
【答】使徒言行録8章で助祭フィリポから洗礼を受けた、エチオピアの高官ではないでしょうか。彼はエルサレムへの往復に馬車を使用しましたが、古代の馬車はおもに戦車として用いられ、平時の使用は貴人や一部有力者に限られました。
イザヤ9章9節の記述からは、古代の中東において建築素材として一般的であったのは煉瓦や石であり、あくまでも木材はそれらに次ぐものでしかなかったことが窺える。古代において素材として可塑性の高さが際立っていた木材は、建築用としては高温の乾燥地帯では燃えやすいという致命的な弱点があった。
イエスとヨセフの職業として福音書に登場するギリシア語テクトーンは、トロイ戦争と後日談を扱ったホメロスの叙事詩では船の材木を準備する作業つまり船大工とも関連し、恐らく主イエスが内陸のナザレ育ちでありながら違和感なくガリラヤ湖の舟(船)の生活に対応できておられることとも符合している。
福音書には主の職業はテクトーンとあるが、ホメロスの叙事詩ではテクトーンは船大工をも意味し、もしも主が腕の確かな職人として既に漁師の間で知られていたとすれば、故郷で生涯を終えることが多く同業者だけで集まりがちな漁師の中からすぐ四人の信頼を得て弟子とすることができたのも、道理である。
(注)別エントリー「試論:天の国と『人間をとる漁』を140文字以内で」も参照のこと。
http://josephology.me/app-def/S-102/wordpress/archives/8963