主イエスはマルコ7章27節で、御自分が旧約のイスラエルの神なる主であることを再確認されるかのように、旧約の民を「子供たち」、異邦人を「小犬」と表現された。しかし「シリア・フェニキアの女」と記される女性は、「食卓の下の小犬でも〜」と卑下してでも主の憐れみを乞い願い、聞き入れられた。
【追記】
詩編145(144)編19節には「主は御自分を畏れる人々の望みをかなえられ、彼らの救いを求める叫びを聞けば願いを聞き入れてくださる」とある。主イエスは水の上から沈みかけたペトロにすぐ手を延ばしてつかまえられ、悪霊に苦しめられ続ける娘を持つカナンの女性の叫びに願いを聞き入れられた。
主イエスは御自分が地上におられる間は、まず旧約のイスラエルの民への宣教を優先され、異邦人への宣教は二の次とされた。異邦人への宣教は、御自分が昇天された後の事業として、弟子たちに託された。「ゲラサ人の豚」の話は、異邦人宣教はまだ時期尚早と弟子たちに肝に銘じさせるための経験であった。
【問】イエスの処刑を当時のユダヤ人の全員が望んでいたのですか?
【答】いいえ。マタイ27章25節はローマ総督館の前で人々が「彼の血の責任は、我々と子孫にある」と答えたと記しますが、ルカ23章27節は女性たちの大群が十字架を背負わされたイエスの姿を見て嘆き悲しんでいたと記しています。