試論:「偽預言者ハナンヤ」を140文字以内で

ヘブライ語旧約聖書では本物も偽物も区別せず、どちらも「預言者」と呼ぶ。しかし、新約聖書のギリシア語本文は偽物を本物と区別し偽預言者と呼ぶ。古代のギリシア語訳旧約聖書ではエレミヤと対決した「アズルの子ハナンヤ」を偽預言者と呼びゼカリヤ13章2節でも「偽預言者」が追放されると記した。

(注)別エントリー「試論:洗礼者ヨハネと真の預言者を140文字以内で」も参照のこと。
http://josephology.me/app-def/S-102/wordpress/archives/7072

(注)別エントリー「試論:ゼカリヤ13章を140文字以内で」も参照のこと。
http://josephology.me/app-def/S-102/wordpress/archives/6121

(注)別エントリー「試論:マラキから洗礼者までを140文字以内で」も参照のこと。
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【追記】

主はマタイ7章15節で偽預言者を警戒するよう仰せになったが、申命記18章22節は「預言者が主の御名によって語ってもそれが起こらず実現しなければそれは主が語られたものではない」と教え、エレミヤ28章9節でも幸福を預言する者はそれが実現しなければ主の預言者とは認められないとしている。

(注)別エントリー「試論:『人を惑わす霊』を140文字以内で」も参照のこと。
http://josephology.me/app-def/S-102/wordpress/archives/5682

「キリストの恵みの賜物」をローマ5章15節以下でパウロは説明するが、主はヘブライ語で幸福全般を意味する「平和」を用いられて「わたしは平和をあなたがたに残し、わたしの平和をあなたがたに与える」(ヨハネ14章27節)と仰せになった。「十字架の血によって」(コロサイ1章20節)である。

(注)別エントリー「試論:『わたしの平和を与える』を140文字以内で」も参照のこと。
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