試論:聖母の謙遜の理由を140文字以内で

【問】マリアは「わたしの主のお母さま」(ルカ1章43節)と呼ばれる女性なのに、なぜ「主のはしため」と謙遜したのですか?
【答】もしも彼女が「自分は救い主の母だから息子と同じ扱いを受けたい」と思い上がったなら、神のようになりたいと思ってサタンにだまされた、エバの二の舞になるからです。

(注)別エントリー「試論:「わたしの主のお母さま」を140文字以内で」も参照のこと。
http://josephology.me/app-def/S-102/wordpress/archives/10221

【追記】

【問】なぜ受胎告知の際にマリアは、承諾の返答よりも先に「わたしは主のはしため」と再確認しましたか?
【答】マリアはそう前置きすることで、「わたしは神の御独り子の母となることを承諾しますが、決して『神のようになること』(創世記3章5節)を望むからではありません」と意思表示をしました。

(注)別エントリー「試論:無原罪の御宿りって何??を140文字以内で」も参照のこと。
http://josephology.me/app-def/S-102/wordpress/archives/20779

(注)別エントリー「試論:『謙遜の極み故の被昇天』を140文字以内で」も参照のこと。
http://josephology.me/app-def/S-102/wordpress/archives/11125